サイドビジネスも爆発!?

宮崎県の日南海岸にある「サルの島」幸島で不思議なことが起こった。
(一九五二年昭和二十七年)。

科学者たちが、サルたちにサツマイモを投げ与えていた。
イモには砂がついたが、ほとんどのサルは、そのまま食べていた。
 
ところが一匹だけ変わったサルがいた。
彼女は、その名も「イモ」という乙女だった。
彼女は、サツマイモが砂でジャリジャリするのがいやだったのだろうか。
ある日、彼女は「水流でイモを洗う」という、
サルの歴史上、画期的な方法を発見した。

もう、口の中が砂でジャリジャリしなくなった。
彼女はこの発見を母親にも教えた。遊び仲間にも教えた。
その仲間が、それぞれの母親に教えた。

こうして島には、イモを水で洗って食べる「先駆的なサル」の輪が
広がっていった。やがて海で洗うようになった。
そうすると塩味がきいて、イモがおいしいことがわかったのである。
  
 「百番目のサル」の奇跡

その日、すべてが変わった
研究者たちは、この模様を克明に記録していた。
数年後一九五八年までに、すべての若いサルが、この輪に加わっていた。
しかし、オヤジのサルたちの多くは参加しなかった。

あいかわらず、砂のついたままイモを食べていた。
サルの世界でも壮年は頭が固いのだろうか。
それでも、少しずつ輪は広がっていった。
イモを洗って食べるサルが一匹ずつ増えた。
二十匹、三十匹、四十匹…:。そしてある時、不思議なことが起こった。
 
イモを洗う"先駆ザル"が九十九匹いたとする。
そこに、ある日、とうとう"百番目のサル"が現れた。
百番目がイモを洗った時、次に続いた"百一番目"は、一匹のサルではなかった。
残りのサルのすべてが一斉にイモを洗い始めたのである。
一気拡大! 爆発したのである。

こうして、ある乙女から始まった文化革命はこの島で劇的に広がった。

さらに、もっと驚くべきことが起こった。
「イモ洗い食事法」を、これまで知らなかった他の島のサルたちまでが、
次々にイモを洗い始めたのである。
この革命は、大分県の高崎山のサルたちにまで伝播したという。
他の島のさるまでも?
まさか、猿が海を泳いで知らせにいったわけでもあるまい。
当然、携帯電話なんか使えるわけでもない。。
〈ライアル・ワトソン著『生命潮流』、工作舎刊から〉
 
「革命」は「持続」の結実  

「勇気の人」にやがて「万人」が続く
 アメリカの作家ケン・キース・ジュニア氏は、
この現象に注目し、核廃絶への希望を見いだした。

「核のない世界」へと一人の意識を変える。また一人を変える。
その積み重ねは地道であるが、やがてある一定の人数にまで増えた時
「核の全廃」へと人類の意識が一気に変わるだろうというのである。
〈ケン・キース・ジュニア著『百番目のサル』佐川出版刊から〉

この原理、私はビジネスにも応用しています。


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2006年10月27日 管理人の独り言。。。 トラックバック:0 コメント:0












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